その中で90年代に来日し活躍した助っ人として、トーマス・オマリー内野手が挙げられます。

オマリー選手は91年から阪神でプレーしましたが、アメリカでの実績・前評判とも同じく入団したウィン外野手よりも下でした。
ウィンは俊足強肩の外野手として期待され、当時はロッテから移籍した高橋慶彦を1番に据え、2番和田、3番ウィンと俊足トリオを並べる構想でしたが、ウィンが全くの期待外れで打率.230、本塁打13に終わり、高橋も衰えで全く活躍できずに92年を最後に引退しました。
しかしオマリーは、不振の岡田に代わり6月から4番に座り、最終的に打率.307、21本塁打、81打点を挙げチームの中心選手となりました。
翌92年は一時期怪我で戦列を離れましたが、打率.325、そして四死球数が96で出塁率.460と好成績を残し、阪神の優勝争いに大きく貢献しました。
そして93年は打率.329を残し、首位打者にも輝き、またその明るいキャラクターから多くのファンに愛される助っ人でした。
94年も3割を打ちますが、本塁打の少なさや首脳陣との対立などの噂もあり(詳しい理由はわかりませんが)、自由契約になりヤクルトに移籍しました。
95年ヤクルトに移籍したオマリーは、阪神時代になかった長打力を発揮し、打率.302、31本塁打、87打点を挙げ、ヤクルトの優勝に大いに貢献しMVPも獲得しました。また、その年の日本シリーズでのオリックスの小林投手との14球の対決は見物でしたね
96年も3割を打ちますが、ヤクルトを退団し、その後アメリカに戻りますが後に引退し、その後阪神の特命コーチにも就任し、現在は阪神の駐米スカウトに就いています。
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