2011年01月27日

落合博満 巨人移籍後の盛り返し

1991年、首位打者をヤクルト古田選手、打点王をヤクルト広沢選手と争い、結局3冠王はなりませんでしたが、.340 37本塁打 91打点の成績を残し本塁打王に輝いた中日落合博満内野手でしたが、翌92年は、.292 22本塁打 71打点に終わり、93年も.285 17本塁打 65打点と、衰えが明らかでした。



1993年オフ、チーム打率は.238と12球団最下位で貧打に泣いた巨人はFA宣言をした落合を獲得。そして94年、落合選手は巨人軍の4番に座り、巨人は日本一に輝きました。この年の落合選手の成績は.280 15本塁打 68打点と前年とあまり変わりはありませんでした。

翌95年、巨人はメジャーリーガーのマック、ヤクルトからFA宣言し移籍した広沢選手、ヤクルトを自由契約となったハウエル.前年67試合の出場ながら、.290 14本塁打をマークした選手との豪華な4番争いが注目されましたが、.311と4年ぶりに3割をマークし、17本塁打 65打点の成績を残し4番争いを制しました。そして翌96年は中日野口投手に死球を受け戦列を離脱するまで、106試合で.301 21本塁打 86打点をマークしました。もし、怪我で離脱しなければ、25本塁打以上、100打点は記録できたかもしれません。巨人移籍後、40歳を超えながら年々成績を上げ、43歳でこの成績を残したことは特筆すべきことですね。

しかし、オフシーズンFA宣言した西武清原選手の加入の影響などで、落合選手は自由契約を求め、日本ハムに移籍します。シーズン当初は3割を維持していましたが、徐々に率を上げ、最終的には.262、本塁打もわずか3本と不本意なシーズンに終わり、翌98年も.235 2本塁打に終わり、現役を引退しました。







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2011年01月24日

1991年 オリックス レギュラー9人が規定打席到達

1991年、この年西宮球場から広いグリーンスタジアム神戸へと本拠地が変わったオリックスブルーウェーブ
は、開幕から4月は4勝13敗、5月も10勝14敗と大きく負け越し絶不調状態でした。




開幕前は1番センターに本西を置き、ここ2年1番を打つことが多かった松永を3番に戻すという構想でしたが、広い球場に移ったのも影響してか、前年打点王を獲得した石嶺の不振や、開幕当初は好調であった藤井も徐々に失速していき、ブーマーも本塁打がなかなか伸びず、本西、福良の不調もあり苦戦を強いられていました。
投手陣もルーキー長谷川が開幕から6連敗をきっし、なかなか波に乗れない状況が続いていましたが、6月は14勝7敗と盛り返し、打線も、1番福良、2番小川と固定し調子を上げ、この年抜擢された高橋智が最終的に23本塁打を放ちブレイクしました。

長谷川もその後12勝を上げ新人王に選ばれ、チームも最終的には3位に食い込みましたが、この年はレギュラー9人全員が規定打席に到達するという珍しいことが起きました。

1番セカンド福良(.273 2 26)
2番ショート小川(.273 5 48)
3番サード松永(.314 13 76)
4番指名打者石嶺(.269 21 85)
5番ファーストブーマー(300 20 67)
6番ライト藤井(.222 21 57)
7番レフト高橋智(.245 23 67)
8番キャッチャー中嶋(.253 12 48)
9番センター本西(.264 4 22)
左から(打率 本塁打数 打点)

レギュラー9人全員が規定打席に到達するということは、それだけレギュラーと控え層との実力差が大きいということもあると思いますが、この年のオリックスの不調は、やはり広いグリーンスタジアムに移転し野手陣が戸惑ったことが大きかったと思います。特に石嶺が前年の.273 37本塁打 106打点から.269 21本塁打 85打点、藤井が.285 37本塁打 96打点から.222 21本塁打 57打点へと成績を大幅に下げたことからも見て取れると思います。

その後広い球場に対応した、イチロー、田口などを中心とする走力、守備力中心のチームへと変わり、90年台中盤の連覇へとつながっていくことになります。



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2011年01月22日

福岡ダイエーホークス サード藤本博史

1990年代、福岡ダイエーホークスのサードを主に守っていたのが、藤本博史内野手です。

藤本選手は、髭がトレードマークで、芸術的な右打ちが得意な一発長打の魅力がある選手でした。
打率は2割5分に満たないシーズンが多く、本塁打も1992年の20本が最高であり、どちらかといえば中距離打者の部類に入る選手でした。

しかし選球眼は非常に高く、出塁率が打率よりも1割以上高いシーズンが多い選手でした。例えば1992年、首位打者を獲得した当時同じダイエーホークスに所属していた佐々木誠選手の打率は.322で、出塁率は.364でしたが、藤本選手は、打率.253ながら出塁率は.379と、出塁率は、打率では7分近く上回っている佐々木選手を凌いでいます。また1995年には、打率.264ながら得点圏打率.391とリーグトップとチャンスに強く、出塁率も.372と高い数字を残しています。

1990年代前半、まだ黄金時代を迎えていなかった頃のダイエーホークスのサードを長らく務めた選手として、とても印象に残っている選手です。



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2009年08月11日

1995年、ヤクルト下馬評覆しリーグ優勝!

1995年開幕前、ヤクルトスワローズの下馬評は低いものでした。

前年まで長らく4番を務めていた広澤克己がFAで巨人に移籍し、5番打者であったハウエルは成績不振により退団し巨人に移籍しました。
投手陣も、抑えは高津が健在でしたが、先発は岡林くらいしか計算できる投手がいなく、苦しいシーズンとなるであろうという予測が大半でした。

実際、開幕戦の巨人戦は斎藤に完封負けを喫し、続く2戦目も桑田に完投負け寸前の状態でした。しかし、9回に桑田が飯田に頭部に死球を当て危険球退場となり、それを機にヤクルトが逆転勝利しました。
それ以降そのシーズン、ヤクルトは安定した強さを誇り、リーグ優勝を果たし、日本シリーズでもオリックスを破り日本一にも輝きました。



打線は阪神を自由契約になったオマリーが、3割30本塁打をマークしMVPに輝き、ロッテから移籍したミューレンも低打率ながら29本塁打、80打点をマークし恐怖の8番打者として君臨しました。
そして前年骨折し不本意な成績に終わった古田が復活し、攻守ともに優勝に大きく貢献しました。他にも野村監督をして影のMVPといわしめた土橋が3番打者として数字以上の貢献をし、ルーキー稲葉も規定打席不足ながら3割をマークし外野の一角をとりました。



投手陣は、開幕前に計算していた岡林が途中怪我もあり離脱し7勝に終わりましたが、テスト入団したブロスノーヒットノーランをあげるなど活躍し14勝を挙げ最優秀防御率のタイトルを獲得しました。
また前年後半戦開花の兆しを見せ7勝を挙げた石井が13勝を挙げ、また前年1勝だった山部も16勝を挙げ、この両左腕の活躍も大きかったです。
さらに西村とのトレードで近鉄から移籍した吉井も、トレード当初はヤクルトが損なトレードとも言われていましたが、見事に10勝を挙げ、ベテラン伊東も10勝を挙げ、10勝以上あげた投手が5人もいるという快挙を成し遂げました。そして高津も抑えとして例年通りの活躍をし、最終的には2位広島に8ゲームもの差をつけた、1995年のヤクルトの強さでした。



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2009年08月09日

1998年のセリーグ新人王争い

1998年セリーグ新人王争は熾烈をきわめていました。



慶応大学から巨人に入団した高橋由伸外野手、明治大学から中日に入団した川上憲伸投手、東芝から阪神に入団した坪井智哉外野手、プリンスホテルから広島に入団した小林幹英投手の4選手が好成績を収め、最終的には川上投手が新人王を受賞しました。

高橋選手 .300 19 75(左から打率・本塁打数・打点)
川上投手 14勝6敗
坪井選手 .327 2 21(左から打率・本塁打数・打点)
小林投手 9勝6敗18セーブ

成績は以上のように4選手誰が新人王に選ばれてもおかしくないような成績であり、選ばれなかった3選手も連盟から特別表彰を受けたほどの活躍ぶりでした。

高橋選手はその後、3割・30本前後の本塁打は計算できる選手として長らく巨人の主力を担ってきましたが、2005年・2006年は怪我の影響もあり、不本意なシーズンを送り、2007年はトップバッターとして活躍しMVP候補にも挙げられるほどの成績を残しましたが、2008年は再び怪我で不調に終わり、今シーズンもいまだ1軍の試合には出場できず、亀井の活躍などもあり、ファーストにコンバートされるそうです。

川上選手は翌年から3年間伸び悩みましたが、2002年に12勝を挙げ、2003年は怪我もありましたが、2004年からは中日のエースとして安定した成績を残し、今シーズンからメジャーに移籍しました。

坪井選手は翌年も3割を残しましたが、その後は不調が続き、元々守備力・走力とも平均的なレベルですので、打率が残せないといまいち使いづらい選手ということもあり、トレードされ2003年からは日本ハムでプレーしています。2003年は打率.333をマークし、翌年も自己最多の11本塁打を記録するなど安定した成績を残してきましたが、2006年は怪我もあり、ほとんど活躍することもできず、オフには戦力外通告されトライアウトにも参加しましたが獲得する球団は現れず、再び日本ハムと大減棒を飲んだ末に契約しました。もともと日本ハムを戦力外通告されたのは年棒に対するコストパフォーマンスの面もあったからであり、純粋に戦力として考えてなかったわけではなかったらしいです。そして2007年はそこそこも成績を残しました。

小林選手はその後2年間は不調や故障により不本意な成績に終わりましたが、2001年・2002年と中継ぎとして50試合以上に登板し復活しました。2001年・2002年当時は球速が140キロにも満たないながらも、直球とフォークボールを武器に投球回数と同程度かそれ以上の奪三振数を誇りました。これは球速は遅くとも球に抜群の切れがあったためであります。しかしその後再び故障に見舞われ、2005年を最後に引退し、現在は広島カープの1軍投手コーチに就任しています。



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2009年08月05日

オリックス濱中、1軍復帰後本塁打連発!

オリックス濱中治選手が1軍復帰後、2日には2本塁打、昨日4日も本塁打を放ち好調を維持しています。



かって阪神時代には4番を務めたこともあり、野村監督からも天才と称されるほどの才能がありましたが、故障が多くなかなか1年通して活躍するということが多くありませんでした。
それでも2006年には3割、20本塁打をマークしましたが、2007年には絶不調に陥り、桜井の成長もあり出番も少なくなり、オリックス平野と交換トレードになりました。
再起を期した昨年も不調から脱したとは言えない成績で、レギュラーを取れず打率.253、9本塁打という成績に終わり、今シーズンも4月後半を最後に2軍に落ちていました。

現在のオリックスの外野は、坂口大村がほぼレギュラーであり、他にも3拍子バランスのとれた下山、俊足でミート力に定評のある小瀬など競争相手も多くいます。
肩に故障を抱え全力で投げることはできず、守備力も高くない濱中は、打撃でアピールすることが出番を増やすことにつながるので、この調子を維持し、かってトラの4番を務めた打棒が完全復活といきたいですね!



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2009年08月03日

今年のパリーグ首位打者争い

今シーズンのパリーグ首位打者争いは、今まで首位打者争いに絡んだことのない選手が多く競っていて、なかなか見ごたえのあるシーズンになっています。



現在のところ1位は、一昨年の首位打者である日ハムの稲葉ですが、2位、3位、5位も高橋、金子誠、糸井と日ハム勢が多く占めています。
高橋は元来捕手ですが元々打撃には定評があり、今年からファーストを守ることが多くなり、打撃に専念できるようになり才能が開花したといったところでしょうか。
金子誠は昨シーズンまで、守備の人という印象が強く、打撃はあまり期待できないというイメージでしたが、今シーズンは開幕から好調を維持しています。二岡の加入により現在10位に位置している小谷野と共に競争が活性化されたせいでしょうか。
糸井は投手からコンバートされた選手であり、その高い身体能力は以前から注目されていました。今年は完全に外野のレギュラーをとりましたね。



6位のソフトバンク長谷川も、昨年王監督がその才能をみこみ起用し続けたおかげでしょうか、今年は故障した指の影響もあり、バットを短く持つ打法で見事に開花し、安定した成績を残しています。
7位の楽天草野はプロ入りしたのは遅かったですが、そのミート力などは野村監督からも天才と評され、一昨年規定打席不足ながら.320をマークし、今年は中村紀の加入もあり開幕当初はレギュラーを保障されていませんでしたが、外野を守り出番を増やし、その後も内野外野を併用しレギュラーを獲得しました。一時期よりはだいぶ率を下げましたが、まだシーズンも長いので、これからも期待したいですね。



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2009年06月07日

楽天、打線の誤算

開幕から好調を維持し、一時期は首位にも立った東北楽天イーグルスでしたが、ここにきての不調により貯金はなくなり、交流戦の順位は目下最下位であり、なかなかトンネルを抜けることはできません。

原因はやはり打線の誤算にあると思います。

昨年まで在籍したフェルナンデスは打力に関しては計算できるものの、その守備力の低さが大きく問題となっており、FAで守備力にも定評のあるかっての2冠王中村紀を獲得し、昨年途中入団ながらも39試合で、打率.324 13本塁打を記録したセギノールと、一昨年の2冠王で昨年も安定した成績を残した山崎武、そして昨年の首位打者リックと打線に関しては、なかなかの破壊力を備えているとの前評判でした。



しかし開幕戦こそ本塁打を放ったものの、セギノールは打率.164 と低迷を極め2軍に落ち、中村紀も守備は安定しているながらも、昨日現在で本塁打は僅か1本で、打率は2割3分台であり、とうとう昨日の試合からはスタメンを外れました。
また楽天に入団してから3年連続3割をマークし、昨年は首位打者も獲得したリックも2割3分台の打率に低迷し、打線は全くの誤算続きでした。
周りの不調により、マークがきつくなったのか、山崎武も本塁打は9本放っているものの、打率が2割3分台に低迷しています。
また安定した守備とシュアな打撃を持ち、高い得点圏打率を残してきた高須が怪我で離脱したのも大きな痛手となっています。

チーム総得点もパリーグ中では最下位となっており、トップの日本ハムとは約100点差がついております。

再び上昇するには、やはり打撃陣の復調が不可欠だと思います。
まだ6月の初旬ですし、これからの巻き返しに期待したいですね。



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2009年06月06日

阪神ブラゼル、いきなりの決勝弾!

阪神のクレイグ・ブラゼル内野手が、阪神入団初試合でいきなりの決勝2ラン本塁打を放ちました。



0対0で向えた6回、オリックスの先発金子投手からレフトスタンドに見事な流し打ちで2ラン本塁打を放ち、チームを勝利に導きました。
さらに8回にも流し打ちでレフト前ヒットを放ち適応力の高さを見せました。

昨年は西武に在籍し、退団したカブレラの穴を埋める働きを期待され、27本塁打87打点を放ちましたが、打率は.234と低打率にあえぎ、また、
シーズン後半には頭部に死球を受け、めまいなどの影響もあり、日本シリーズにも出場できずに、1年で退団となりました。

守備はまあまあうまく、まじめな人柄であったので、もう1年様子を見ても良いかなとも思いましたが、昨年なら打球の方向が右方向に偏った典型的な引っ張りのバッティングであったのが、昨日の試合ですと、本塁打・ヒット共にレフト方向への流すバッティングもできるようになっていたので、今年は期待できるのではないでしょうか。

今シーズンの阪神は、新井が低打率にあえぎ、開幕当初は好調であった金本もその後はいまいち調子が上がらなく、鳥谷・赤星も2割5分くらいの率で低迷しており、チーム打率は.245と低く、打線の活性化が迫られていたので、ブラゼルの加入は良い補強になるのではないでしょうか。
まだ、1試合だけなのでなんとも言えませんが、これからの活躍に期待したいですね。




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2009年05月31日

捕手からコンバートされて成功した選手

入団時は捕手でしたが、その打力や俊足強肩などの能力を買われて、内野手や外野手にコンバートされ成功した選手もいます。



現巨人の小笠原選手も入団時は捕手でしたが、そのシュアな打撃を買われ、1999年からファーストとして出場し大成しました。
入団時はなかなかボールが前に飛ばないなど非力な感じでしたが、今ではフルスイングながらも巧打も兼ね備えた打者として、首位打者や本塁打王のタイトルも獲得したスラッガーとして活躍しています。
現中日・元西武の和田選手も捕手として入団しましたが当時は伊東選手が正捕手として君臨しており、捕手としての出場機会はあまりありませんでしたが、打撃力と俊足には定評があり、2001年にそれなりの成績を残したことから、2002年から正式に外野にコンバートされ活躍し続けています。



元ヤクルト・楽天の飯田外野手も入団時は捕手でしたが、その俊足と強肩ぶりを買われ、1990年には前年の新人王であった笘篠選手が不振を極めると、代わりにセカンドに定着しブレイクし、翌年からは外野手としてその守備範囲の広さと強肩で90年代のヤクルト黄金期を支えました。
現西武・元広島巨人の江藤選手も入団時は捕手でしたが、内野手にコンバートされ広島時代は4番として本塁打王・打点王のタイトルも獲得しました。
元西武・ロッテの垣内選手もその長打力を買われ外野手にコンバートされ、さらにその巨漢に似合わぬ俊足を持ち合わせており、96年には28本塁打16盗塁を記録し、清原選手の巨人へのFA移籍後の4番として期待がかかりましたが、その後は膝の故障もあり、なかなか思うような成績は上げられませんでした。



一時は正捕手や2番手捕手として出場し続けながらも、最終的にコンバートされた選手として、現楽天・元近鉄の礒部選手や元阪神中日楽天の関川選手、元巨人ダイエーの吉永選手がいます。

礒部選手は一時期正捕手としても起用されていましたが、2001年開幕前に正式に外野手にコンバートされ、その年5番打者として活躍し、近鉄の優勝に大きく貢献しました。しかし当時は守備もうまく強肩でしたが、近年は思うような打撃ができず、また守備力も大きく衰えたためにスタメンを外れる機会が多くなってきています。
関川選手も阪神時代は捕手を務めることも多かったですが、そのシュアな打撃には定評がありながら捕手としての能力には疑問が呈されなかなか正捕手としては定着できませんでしたが、中日に移籍後は外野手1本に絞り、1999年の中日のリーグ優勝に大きく貢献し、MVP候補にも挙げられました。
吉永選手は打てる正捕手として活躍してきましたが、城島選手の入団によりファーストにコンバートされ97年には3割29本塁打を記録しました。その後は低迷し、巨人に移籍しましたが、巨人では一時期阿部選手の控えとしてマスクをかぶることもありましたが、巨人では主に代打での起用が多かったです。



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2009年05月17日

俊足のキャッチャーといえば

捕手と言えば、足はあまり速くないというイメージを持っている方も多いと思いますが、俊足の捕手も意外と多いものです。

かって1982年のセリーグMVPを獲得した中尾捕手がその先駆者であり、その概念を変えた捕手として有名ですね。
その後は怪我もあり、なかなかフル出場することはできませんでしたが、それでもその俊足ぶりや打撃能力の高さは目を見張るものがあり、一時期外野にコンバートされましたが、トレードで巨人に移籍した1989年には再び捕手として活躍し、巨人のリーグ優勝に大きく貢献しました。


元西武の伊東も俊足で、若い頃は20盗塁を記録したこともあり、94年にも17盗塁を記録しました。

他に元広島で正捕手として活躍した西山も、その体型からは想像もできないような俊足ぶりで、かって盗塁王を獲得したこともある全盛期の広島緒方でさえも、「直線距離では西山さんにはかなわない」とさえ言わしめたくらいの俊足ぶりでした(91年の広島優勝の年には、その能力を生かすために内野や外野を守ったこともありました)。


 
また、現阪神の矢野も中日に在籍当時は、正捕手中村が全盛期だったために正捕手の座をつかみきれませんでしたが、その俊足ぶりを買われ、外野で起用されたこともありました。
その矢野の故障で、今年から正捕手として活躍している狩野も俊足であり、現在のところ4盗塁記録しています。

  
今年度FAで横浜に移籍した野口も俊足で、かっては外野で起用されることもありましたね。
その他、かってシドニーオリンピックにも出場したオリックスの鈴木は俊足が際立っており、現在でも代走として出場することも多いですね。
FAで今年からヤクルトに移籍した相川も、横浜在籍当時はチーム内でも数本の指に入るくらいの俊足を持っているといわれていました。
同じヤクルトの川本も俊足で、一昨年一軍に定着する前は二軍で、打撃成績も含めて盗塁数でもチームトップをひた走っていました。


広島の正捕手石原や西武の正捕手細川もプロ入り前は上位打線を打っていたらしく、意外と足が速いらしいですね(石原は昨年6盗塁記録しています)。また今年好調の楽天で正捕手を務めるもなかなか速いらしいです。

こうみると以外と俊足の捕手は多いものですね。



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2009年04月27日

広島が元西武のマクレーンを獲得!

広島カープが、かって西武ライオンズに所属していたスコット・マクレーン内野手を獲得したと発表しました。

西武在籍は2001年から2003年で、2003年を最後にいったん退団しましたが、2004年にはカブレラの怪我のため途中復帰しました。
2002年は怪我でほとんど出場できず、2004年も不振に終わりましたが、2001年は.247 39 87(左から打率、本塁打、打点)をマークしました。2003年は.225 26 69(左から打率、本塁打、打点)という成績で、総合してみれば、打率はそう期待できないかもしれませんが、長打力には長けているという印象ですね。

守備力に関しては三塁手であり、強肩であり、守備範囲はそう広くないものの堅実なグラブさばきをしていたと思います。

現在広島カープのスタメンで長打を期待できるのは栗原シーボルくらいで、かっての首位打者嶋は不振であって、東出、天谷、梵と足の速い選手はいますが、長打力が不足しており、そのためにかって西武で長距離砲として活躍したマクレーンに目を付けたと思われます。
しかし、栗原はファーストで、サードはシーボルなので、守備位置はどうするのでしょうか?

どこで起用するにしろ、退団後はなかなかメジャーには定着できなかったみたいですがマイナーリーグでけっこうな好成績を残していたらしいので、現在どのような打者になっているのか非常に楽しみですね。



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2009年04月18日

ソフトバンクが元ロッテ・オリックスのオーティズを獲得

ソフトバンクホークスが元ロッテ・オリックスのオーティズ内野手を獲得したと発表しました。



ソフトバンクは多村が開幕前に怪我で離脱し、さらに三塁手の松田も開幕早々に怪我で戦列を離脱し、新外国人のアギーラも不調と、攻撃力が不足していましたが、それを補うために、2003年と2004年にオリックスに在籍し、2007年と2008年にもロッテに在籍し、ある程度の成績が計算できるオーティズを獲得しました。

2003年開幕当初は併殺打を連発していましたが、徐々に本領を発揮し、打率は二割五分台ながらも33本塁打を放ちました。
しかし、セカンドの守備は不安定であり大きな穴となっていました。
翌年はファーストにコンバートされましたが、ファーストでも守備の不安は消えず、また得点圏打率の低さなどからその年限りでオリックスを退団しましたが、打率.289 24本塁打を放ち打撃では非凡さを発揮しました。
まだ若く(現在でも31歳)身体能力の高さはアメリカでも評判があり、足もなかなか速いので退団はちょっともったいない気もしましたが、2007年途中から今度はロッテに復帰しました。

すると、かって不安定だったセカンドの守備も多いに上達し、安心してみていられるくらいまでになりました。
打撃の方はバレンタイン監督の日替わりオーダーのこともあり、フル出場はできませんでしたが、2年間とも二割八分台の率を残しました。
しかし、かってみせた長打力は減り(03,04年はよく飛ぶボールが使われていたせいかもしれませんが)本塁打はそれほど期待できないかもしれません。

ソフトバンクは松田の代わりに三塁で起用するかもしれませんが、非常に上達したセカンド守備とは対照的に、サードとファーストの守備は不安定であるので、ちょっと不安かもしれませんね。

しかし、ある程度の実績を日本で残しましたし、まだ若いので大きな戦力になるのは間違いないですね。
いい補強だと思います。



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2009年04月12日

ヤクルト一場 移籍後初勝利!

宮出選手とのトレードでヤクルトに移籍した一場靖弘投手が、移籍後初勝利を挙げましたね。



先頭打者を毎回出し5回を投げて5四死球を与えながら、3回連続で併殺打をとるなど、5回を無失点に抑え何とか勝利投手になりました。
先の2軍戦でも、8四死球を与えるなど制球難は克服されていませんが、相手チームの横浜の打者も、どこに球が来るのかわからないという意味で、逆に球のコースを予測できなかったのではないでしょうか(笑)

球速は145キロくらいだったそうで、一場投手はまだまだ球速を出せると思います。ただ球速にこだわると、逆にまたいっそう制球が悪くなるかもしれないので、両立はそう簡単な問題ではないですね。

内容はどうであれ移籍後初先発で勝利を挙げられたので、とりあえずは自信がつくのではないでしょうか。
今後の活躍にも期待したいですね。



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2009年04月02日

横浜高の同期 多村仁と斉藤宜之

横浜高校時代の同期で、当時共にクリーンナップを打っていたのが、現ソフトバンクホークス多村仁外野手と現ヤクルトスワローズ斉藤宜之外野手です。



今シーズンの開幕も間近に控えた中で、多村選手は怪我により開幕には間に合わないことが判明しました。

かって在籍した横浜では2004年に3割・40本塁打、2005年にも3割・30本塁打も記録したことがあり、またそのセンターでの広い守備範囲を誇っている多村選手ですが、怪我が非常に多く、一昨年からソフトバンクに移籍しました。
移籍初年の2007年は自己最多の試合出場を果たしましたが打率.271 13本塁打と不本意な結果に終わり、昨年開幕当初はまずまずの成績を残していましたが、守備の際、長谷川外野手と接触して長期戦列を離脱しました。
そしてその雪辱を期しての今シーズンのはずでしたが、再び怪我をしてしまいました。

その打撃力や安定した守備力をもった多村選手が離脱したことにより、ホークスの外野陣は当分、実績のある柴原、新外国人アギーラ、守備には不安がありますが打撃力に定評のある期待の若手中西・長谷川、守備と走塁に定評のある城所などで臨機応変に対応していくのでしょうか。
怪我さえなければトリプルスリーも可能な逸材だけに早期復帰が望まれますね。

一方斎藤選手は、高校時代メジャーも注目したほどの選手であり、その才能が開花したのは2002年です。
当時けがをした清原選手の代わりにファーストに起用されると、規定打席不足ながら打率.310 5本塁打をマークし、翌年は規定打席にわずかに足りないながらも打率.289 11本塁打 9盗塁をマークしました。
そして翌2004年には、2番センターでのレギュラーがほぼ確約されている状態でしたが、そこで怪我をしてしまいそのチャンスを得ることはできずに、その後低迷を続け、ついには巨人を自由契約になり、昨年からヤクルトに移籍しました。
しかしヤクルトでもわずか25試合の出場にとどまりました。

かっては俊足でしたが今はそれほどでもなく、守備力も特に秀でているわけではないので、かっての打棒の復活が望まれますね。

現在置かれている状況は違う二人ですが、怪我さえなければその素質はすごいので、再び1軍で活躍する姿を見たいですね。



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posted by ヤキューボール at 15:20| プロ野球雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月01日

安打製造機 ジェームズ・パチョレック

毎年のように各球団に助っ人としてやってくる外国人選手には、長打力が売りの選手、走力や守備力が売りの選手、巧打が売りの選手など様々なタイプの選手がいます。

ところで、1988年から1993年まで在籍したジェームズ・パチョレック選手は広角打法が売りの典型的なアベレージヒッターであり、88年から92年まで5年連続して3割をマークし、90年には首位打者にも輝きました。

年度ごとの成績というと(左から打率・本塁打数・打点)

88年 .332 17 76
89年 .333 12 62
90年 .326 17 94
91年 .310 11 75
92年 .311 22 88
93年 .243  7 36

(88年から91年まで大洋に在籍、92から93年まで阪神に在籍)


来日初年の88年は首位打者である広島正田に次ぐベストテン2位の成績を残し、翌89年も.333というハイアベレージをマークしました。
しかし、この年、88年の2冠王でもあり、3割30本塁打は期待できるポンセが不振に終わり、89年大洋の4番は、3割はマークしたものの年間通じて7本塁打の山崎賢一外野手が務めていました。
山崎選手はコケシバットを使用したことで有名であり、足も速い巧打者ですが、どちらかというと1,2番タイプの選手であり、パチョレックも高打率ながら12本塁打に終わったことから、オフに大砲の獲得が望まれ、マイヤー内野手を獲得し、ポンセ・パチョレック・マイヤーの3選手で2つの外国人枠を争うということになりました。
しかし実質大砲として獲得したマイヤーは当確であり、残り一枠も実績や長打力でポンセで決まりであろうとみられていましたが、パチョレックは実力でポンセに勝ち、その年には首位打者にも輝きました。

しかし翌91年は前半戦から不調であり、後半戦盛り返しなんとか3割はマークしましたが帳尻感がありました。また11本塁打と長打力のなさを指摘され、もう一人の外国人選手であったレイノルズ外野手が3割と俊足、好守備・強肩ぶりから高評価を得ており当然残留で、チームの大砲獲得方針から大洋を退団し、阪神に移籍しました。

92年阪神に移籍したパチョレックは来日以来初の20本塁打を超える、22本塁打をマークし、オマリーと共に開幕前には全く予想されなかった阪神の優勝争いに大きく貢献しました。

しかし翌年は故障もあり不本意な成績に終わり、この年93年を最後に日本球界を去りました。

その広角打法による安打製造機ぶりももちろんですが、さらにそのまじめな人柄から人望もおおいにあり、パッキーという愛称で多くのファンにも愛された選手でした。



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posted by ヤキューボール at 18:43| プロ野球雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

1999年 チーム打率.294! 驚異の横浜マシンガン打線!

1999年、この年の横浜ベイスターズチーム打率はなんと.294というハイアベレージを残しました。

ホームランなどによる一発長打という点はそれほどではなかったものの、ヒットの連打で次打者につなぐという、まさにマシンガン打線そのものでした。

1番 石井 (.292 8 58 39)
2番 波留 (.298 15 70 21)
3番 鈴木 (.328 17 92)
4番 ローズ(.369 37 153)
5番 駒田 (.291 9 71)
6番 佐伯 (.309 10 53)
7番 進藤 (.286 14 42)
8番 谷繁 (.295 11 50)
左から(打率 本塁打数 打点 盗塁数)



1番石井は毎年安定した打率と高い盗塁数を誇っており、この年も盗塁王を獲得、2番の波留は前年までの最多本塁打数は8本でしたが、この年長打力が開花し、自己最高の15本塁打を記録しました(なお翌2000年も怪我をする5月中まで、3割8本塁打を記録していましたが、怪我により戦線離脱し、その間に金城が台頭しレギュラーから脱落しました。
怪我が治った後は以前のような成績を残すことができなくなり、中日やロッテにトレードされましたが、復活することはできませんでした。それだけに2000年の怪我が悔やまれますね。)

3番鈴木は97、98年の首位打者であり、この年も好調を維持していました。盗塁数は7でしたが、足自体はかなりのものを持っており、1番から3番までの足の速さは脅威でしたね。

そして4番のローズは記述の通りものすごい成績であり、前年までのローズというと打率は3割2分くらいで本塁打は20本前後でチャンスにはめっぽう強いというイメージでしたが、この年は長打力も開花し37本塁打をマークしました。

5番駒田は巨人から横浜に移籍してから、完全に長打を捨てたようなミート打法に徹しており、毎年3割前後の打率と10本前後の本塁打と、本塁打数の割には高い打点を誇っており、毎年安定した成績を残していました。

6番は右投手なら佐伯、左投手なら中根とツープラトンを形成していました。

7番は、前半戦一時期新外国人のポゾが起用され、好成績を残していましたが、守備の不安がつきまとい進藤が再び使われ始めました。
前年までの進藤というと打率が2割3分台や2割4分台というイメージが強かったのですが、この年は規定打席不足ながら.286をマークしました。

8番の谷繁は96年に3割をマークしましたが、この年はそれに次ぐ.294をマークしました。

このような打撃力を誇った横浜打線でしたが、順位は首位中日に10ゲーム差の3位に終わりました。
チーム打率はダントツの1位でしたが、チーム防御率が4.44とリーグ5位に終わりました。
この年は投手力が足りなかったんですね。



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タカラ1996年度 プロ野球ゲーム 横浜ベイスターズ 








posted by ヤキューボール at 09:56| 横浜ベイスターズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

1991年 ヤクルト13年ぶりのAクラス!

1990年、野村新監督を迎えたヤクルトスワローズは5位に終わったものの、前年まで確実性に乏しかった広沢・池山のイケトラコンビが揃って3割をマークし、投手陣も内藤・川崎・西村・宮本と10勝以上挙げた投手が4人と翌年に期待を持たせる内容でした。

さらに翌1991年には、尾花・高野・伊東・荒木という、かってのエース4人衆が復活予定ということで、91年開幕前の下馬評は意外と高いものでした。



そして開幕してみると、前半戦は打撃陣が好調で、3番の確実性の高いアベレージヒッターの新外国人レイや、広沢・池山両大砲も健在で、前年から外野手に転向した6番も好調を維持しており、なにより打撃は期待されていなかった2年目のキャッチャー古田が3割を超える高打率を誇っていました。

投手陣はというと、エースとして計算されていた内藤が制球難などで絶不調に陥っており、まさかの2軍落ちをしていました。
その代りに2年目の西村と3年目の川崎が2大看板として活躍し、ルーキーの岡林が抜群の制球力で課題であったストッパーに定着しました。
しかしかってのエース4人衆は、復活が尾花だけと誤算続きでした。

チームとしては下馬評通り、中盤まで首位争いを演じていましたが、池山が絶不調に陥り、また投手陣のコマ数不足などから徐々に失速していき、最終的には優勝争いから脱落しましたが、巨人に競り勝ち3位になり、13年ぶりのAクラスを確保することができました。
タイトルも、2年目の古田が中日・落合に競り勝ち見事に首位打者に輝き、広沢打点王に輝きました。
そして西村15勝・川崎14勝と2枚看板のエースが誕生しました。

この1991年の13年ぶりのAクラスを期に、翌年からの90年代常勝軍団ヤクルトが生まれていくことになります。



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posted by ヤキューボール at 21:27| 東京ヤクルトスワローズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

ヤクルト・宮出外野手と楽天・一場投手がトレード

ヤクルトの宮出隆自外野手と楽天の一場靖弘投手の交換トレードが発表されました。



宮出選手はヤクルトに投手として入団し、投手として勝利を挙げたこともありましたが、後に外野手に転向しました。
その大柄な体型から長距離砲として期待がかかりましたが、打者としては右におっつけて打つ打法に徹し、本塁打こそ少なかったですが、安定した打率を残し、2005年には規定打席不足ながら打率.320をマークし準レギュラーとして活躍し、2006年には規定打席にも達し、打率.275、9本塁打、59打点をマークしました。
翌2007年はシーズン後半にけがをして規定打席には到達しませんでしたが、前年と遜色ない成績を残しました。
しかし昨年は打撃不振で出番が少なく、今シーズンも外野陣が昨年の活躍から青木、福地、飯原が有力で、昨シーズン不振であったガイエルも好調なことから出番が少なくなりそうな感じのところでの、このトレードでした。

守備は標準的ですが、本投手なので肩は非常に強く、盗塁などの走塁術は得意ではありませんが、足の速さ自体はなかなかのものを持っています。
左の外野手が多い楽天では貴重な存在となるのではないでしょうか。

一方、一場投手はドラフト一位の速球派投手であり、2年目の2006年には7勝をマークし投球回数も190回を超えました。
そしてエース候補として期待されていましたが、翌2007年は前半戦は不調に終わりました。しかし後半戦かなり盛り返したので、翌2008年は相当期待がかかりましたが、結局不調が続き、未勝利に終わりました。

コントロールはそれほど良くないのですが、球速は相当速く潜在能力はすごいものを持っているだけに、心機一転、新天地での活躍を期待したいですね。



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ヤクルト スワローズTシャツ(ロード/宮出#43)




















posted by ヤキューボール at 23:44| プロ野球ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

ブルーサンダー打線見参!

1989年、阪急ブレーブスからオリックスブレーブスヘと球団が変わったオリックスは、前年の本塁打・打点の2冠王の元南海門田博光を獲得し、超強力打線を形成しました。

この打線をブルーサンダー打線と言います。



当時上田監督は、首位打者争いの常連であり、三拍子兼ね備えている松永をトップバッターに添える打線を理想としており、門田加入により、3番を打つことが多かった松永をトップバッターに添えることが可能となり、2番には小技の効く福良を置き、そして驚異のクリーンナップとして、3番ブーマー、4番門田、5番石嶺、そして6番には前年20本塁打を放ちブレイクした藤井を置くという超強力打線がここに完成しました。
7番センターには守備の名手本西南牟礼・熊野が併用され、8番には前年までの正捕手藤田に代わり強肩の若手捕手である現日ハムの中嶋が座り、9番ショートには衰えの見え始めた弓岡に代わりルーキーの小川が起用されました。

前年怪我などもあり規定打席に達しなかったブーマーは首位打者と打点王の2冠に輝き、門田は3割・30本塁打をマーク、前年不調だった石嶺は成績を下げましたが20本塁打は放ち、そして藤井はさらに成長し30本塁打をマークしました。

チームとしては近鉄・西武とともに3つ巴の首位争いを演じましたが、惜しくもゲーム差なしの2位に終わりました。

翌年はブーマーが怪我で46試合にしか出場できませんでしたが、石嶺がここ2年間の不調から立ち直り、37本塁打、106打点を挙げ打点王に輝き、藤井もさらに成長し37本塁打放ち、門田も31本塁打を放ちました。

ただ松永が21本塁打放ちながらも打率.284に終わり、三振数も120と、らしくない成績に終わりましたが、ブーマーの穴の1塁には前半には村上が座り好成績を残し、後半にはルーキー佐藤和弘が座り、高打率を残しました。
また、前年66と少なかった盗塁数も134に増え、機動力も使える1990年の打線でした。

しかし、1991年から広いグリーンスタジアム神戸に移り、本塁打数が減少すると、チームも打線優位から守備力や投手力を中心としたチーム作りに変更せざるえなくなり、その結果が1995年、96年と続く守備力・投手力を中心としたチームとなり、見事にリーグ2連覇を果たしたわけです。



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posted by ヤキューボール at 19:07| オリックスバファローズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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